それでは、情事の面で、アルカイダ指導者が指摘する”continuous injustice”は、どの様に現われるか。韓国女子アナなど自殺報道が相次ぐ中、重大問題と認識されながらも、テレビではワイドショー的に取り沙汰しておしまいという程度であるので記事とした。
まずは、各基準から導かれる因果経過を認識して頂くこととする。
法の支配が基準とされた場合、法を軽んじる者には法の保護を与えない、その結果、「アイツ行けるぞ?」となると、その女性は生贄とされる。
逆に、ルールを離れた私利私欲に基づく感情論が基準とされた場合はどうか。
その女性をモノにしたいとの気持ちだけで強制力が働く(力の愛)。 また、女性同士での嫉妬の気持ちだけで強制力が働く。 さらには、組織犯罪に加担する者が正義の味方を装って承継的に行なう手口が論理的可能性として導かれる。
http://www.youtube.com/watch?v=VDb1AaFdKrE&feature=related
その波及効果として、権限や財力を既に得ている者が、感情論から法の支配への基準の変化を実践しようとすると、情かルールかの選択を迫られ、ルールを堅持していると、それを失なう圧力を受ける。 結果、罪悪感をマインドコントロールする手口と相俟って、組織犯罪人の数が増え処罰がより困難になるとの幻想を組織犯罪人に抱かせてしまう。
http://www.youtube.com/watch?v=9fEZRnOV63w" target="_blank
それでも、正義、すなわち法の支配の基準に基づく運用を求める波は際限なく湧き上がるため、組織犯罪人の固有名詞も徐々に発覚する。 そこで、組織犯罪人なりに頭を使って来る。 言い換えると、反規範的な人格態度をでっち上げて罪に落としてから行為に及ぶ場合、自分から求めて来たのだから和姦であるという既成事実を作出する場合といった様に、ルールに基づいて出された結果を装う論理的可能性が示される。
近時のリビアでの強姦事件に付いても、法の支配を基準として、法を軽んじる者に法の保護を与えないという応報正義の面を見て取れるが(国家同士の関係では、相互主義として大原則に据えられている)、案件が100件を超えるだけに、電磁兵器濫用による濡れ衣の介入する余地があり、慎重な対応を迫られることになるのだろう。 ただ、Trial talkingに跳梁し、逮捕、訴追、処罰を行なった後に無実が発覚したというのでは元も子もないので、「カダフィ大佐打倒が目的ではない。」と対応したゲーツ元国防長官の様な慎重さが求められることだけは間違いない。
"ビンラディン隠れ家からAV発見"と「意図的リーク」を行なったオバマ政権が、「そういう時代ではない。」との高き壁に難渋するのだから、筆者も決して諦めることなく、コンテンツを提供して行きたいと思う。
http://news.livedoor.com/article/detail/5561925/
http://foomii.com/00006/20100426060000826

