人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

マイニュースバンク

mynewsbank.exblog.jp

タイトル通り。Settlement01-http://blogs.yahoo.co.jp/nougaatui/50897584.html

大阪高裁、「三井環口封じ逮捕事件」公判の審理打ち切りの仰天情報!-2  

古川利明の同時代ウォッチング
http://toshiaki.exblog.jp/4570869

 まあ、せっかく書いたついでですので、まだ、どこにも出していない「スクープ」をここで披露しましょう。
 「2億円問題」、すなわち、「桑田兼吉保釈工作」ですが、例のマンションの実質的所有者だった亀谷直人(指定暴力団山口組系2代目佐藤組内六甲連合組長)と、山健組の桑田の裁判担当で、保釈工作に奔走していた鶴城丈二(※山口組系侠友会会長。02年11月、桑田に対する2度目の保釈申請が却下される決定が出た日に、亀谷に射殺される。ちなみに、亀谷は殺人罪で懲役20年の実刑が確定し、現在、岐阜刑務所で服役中)、そして、桑田の秘書をやっていた、同じ山健組内の繁田という男(※三井環のオッサンがこの2億円問題について『月刊現代』03年12月号(同年11月5日発売)に公表した翌月、刺殺され、犯人は未検挙)に繋いだのは、ほからなぬ、自称・アウトロー作家の宮崎学です。
 宮崎は02年4月22日の三井環のオッサン逮捕後、山健組の関係者から、「三井のネタで、桑田の保釈を勝ち取れないか」と相談を受け、彼が動いて、この「2億円問題」が動き始めているのです。

 事実、02年8月初旬、新神戸オリエンタルホテル4階の、ロビー前にあるコーヒーショップで、この宮崎学も同席して、亀谷と、山健組側の鶴城、繁田の「4者会談」が実現しているのです。
 で、この場では、亀谷は「三井逮捕のウラには、大変なことがある。それをやると、検察だけの問題ではなく、山口組が国家に潰されてしまう」と、いったんは断っているのです。

 ところが、この後、亀谷は保釈中でシャバに出ていた渡真利忠光(※亀谷の企業舎弟で、三井のオッサンが落札した競売マンションの買い戻し交渉を、亀谷に依頼されてやっていた。例のデッチ上げ逮捕では、三井のオッサンへの"贈賄側"として、腐れ検察の筋書き通り調書を巻かれ、公判でも争わなかったため、実刑判決を受け、服役する)に持っていくと、渡真利は、自分の取り調べを担当した大坪弘道(現・神戸地検特別刑事部長)のところにこの話を持ちかけているのです。

 すると、大坪は渡真利に「お前が、協力してくれるなら、考えないこともない」と言ったことを、渡真利が、自分の兄貴分だった亀谷にいい顔がしたかったこともあって、「これは、イケるようです」と報告したことから、「2億円工作」が本格化していくわけです。

 実際、保釈工作は失敗に終わったため、亀谷が山健組側から受け取った「2億円の行方」は不明ですが、少なとも、宮崎学がこの工作の根幹部分で関わっているのは、間違いなく、事実です(ただ、保釈の方は失敗しているので、たぶん、宮崎はカネは受け取っていないと思いますが)。
 ですから、溝口敦の長男が山健組関係者に襲われた事件で、被疑者が逮捕された際、『週刊実話』に、宮崎学が「ヤクザを批判する者は、命はないものと思え」旨の発言をしている理由も、これでよくわかるでしょう。で、 私は何度か、三井環のオッサンと酒を飲みながら、この話をしました。

 私 宮崎学は私もよく知っているが、どうして、こんなことに彼が関わっているんですか?

 三井 カネだ。ヤツはカネで動く。

 私 でも、宮崎は、『カネに死ぬな、掟に生きろ』っていうタイトルの本を出しているですけどね(笑)

 三井 それは違うな(笑)

 私 少なくとも、私が知っている「彼」は、そうではないんですけどね。(01年夏の参院選で)白川新党では一緒に戦って。小泉の登場で、それまで出馬を承諾していた連中が、掌を返して逃げていき、「切り札」として、私が宮崎出馬を煽った。その結果、彼は出てくれたのだけれども、逆に今度は自分が宮崎学に出馬を説得されるハメになり、その場の勢いもあって、一度は「ウン」と承諾した。しかし、自分の中での、「政治と表現活動の間の一線を守る」というポリシーから、断った。そんな思い出もあるんですよ。
 ただ、三井さんが逮捕された直後に『アサヒ芸能』に書いたコラムで、三井さんのことを「悪徳検事」と糾弾していたので、それがずうーっと引っかかっていたのは事実です。人間、わからないもんですね。

 三井 (宮崎は)保釈直後は、しょっちゅう電話してきて、何度も会うたが、最近は、全然、連絡もなくなった。

 私 ふーん、そうですか(笑)

 で、なんともやりきれないのが、こうやって宮崎学が桑田兼吉保釈工作のウラで動いているのを、あの講談社ノンフィクション賞とかいう、たいそうな賞も獲得している魚住昭は知っているのですが、そこは「売文業者同士の仲良しこよし」ということで、見て見ぬフリをしているのです。まあ、私に言わせれば、魚住昭は、所詮、その程度のレベルです(#要は、朝日新聞の村山治と同類項や。恥を知れ!) 
 それを考えると、赤レンガ、マスコミはもちろん腐りきっていますが、「フリージャーナリスト」などと称している連中も、「五十歩百歩」という気がします。
 なぜなら、我々、ジャーナリストの生命線とは、「握った情報は、書く」。これ以外にないからです。

#それで、事前の情報通り、今日(=10月26日)の公判で、裁判長は被告・弁護側の証人申請を全て却下、それで、即、結審して、来年1月15日午前10時半から判決やと(笑)。こんなデタラメが民主主義国家でまかり通るのか? 「司法の独立」「裁判所の独立」なんて、あったもんじゃないな。まあ、これからが、本当の勝負や。

 そこで、今度の記事で一部、事実誤認がありましたので、読者の皆様にお詫びして訂正します。
 というのは、「審理打ち切り」が決定していたのは、10月26日の公判ではなく、今年の7月10日、18日にそれぞれ開かれた、第1回、第2回の公判の後、夏休みを挟んで、9月に開かれた第3回の公判において、「既に決まっていた」ことでしたので、そこの部分について、訂正させて頂きます(笑)。ですので、結審した昨日(=10月26日)の公判は、正しくは「第4回」です。
 実は、今度の高裁審理では、当初、裁判長が定年近い人だったので、「今回は1審と違って、いい感じの判決が出るんじゃないか」という期待もあったのですが、この4月の人事異動で、左右の陪審も含めて、裁判体が全て変わってしまいました。それを受けての7月10日の控訴審の初公判でした。
 それで、当初、被告・弁護側は原田明夫以下12人の証人の申請をしていたのですが、裁判長から「それでは少し多過ぎるのでは」とクレームがつき、その後、大塚清明、大坪弘道、渡真利忠光ら6人に絞り込んで、再申請をしました。当初は裁判長も証人採用に前向きな姿勢だったのですが、夏休みを挟んでガラッと空気が変わり、その9月の第3回の公判で、「証人は採用しない」ということを宣告し、第4回の10月26日での被告・弁護側の最終弁論で結審した、という次第です。
 ただ、裁判長が異動により、定年前の人物から、「次の出世」を心配しなければならない人物に替わった段階で、法務省筋からの圧力もあったと推認されます。そして、そうした圧力は、夏休み中にも引き続き、あったことは間違いないと思われます。
 それゆえ、今回の証人却下の決定と、東京地検の前福島県知事の汚職捜査着手とは、関連はないと思います。その点、現場で汗水を垂らして立件に向けて日夜、頑張っている特捜検事の人たちには、多大なるご迷惑をおかけしましたことを、ここで深くお詫び申し上げます。何とか、被疑者を完全に「うたわせて」、事件の全容解明に持っていくことを、心から応援しています(笑)

その3へ続く

by fight-off-devil | 2008-06-13 13:37 | 司法